不登校だったぼくは「#不登校は不幸じゃない」と強く言いたい

不登校を肯定するムーブメントを起こした小幡和輝おばたかずきさん発「不登校は不幸じゃない」の動画リレーが回ってきたのでぼくも投稿しました。

『不登校』を経験したこともあって思うことがあったので記事にします。

小幡さんのインタビュー記事は「「不登校は不幸じゃない」って? 小幡和輝さんと今井紀明さんが考える”不登校を不幸で終わらせない”ヒント

 

小学生の頃、ちょっとしたイジりでショックを受け、不登校になった

ぼくの肌は、生まれつき人よりすこしだけ肌が白くて、小学生という一番肌を焼いているときは真っ白だったんですよね。

友達はほんのイジりのつもりで「白りくやん」とあだ名をつけるようになりました。

当時のぼくはそのあだ名がものすごく嫌で、めちゃくちゃ傷ついたんですよね。

自分の名前はりくなのに、りくと呼んでくれる友達がいなくなっていき、どんどん学校に行くのが嫌になりました。

いま思えば、たいしたいじりではないなと思うのですが、当時はかなり傷つきました。

そこから学校に行かなくなり、合計的に2ヶ月ぐらい「体調が悪い」と嘘をついて休むように。

親は放任主義なので、行けるようになったら行くんだよぐらいのノリ。

しかし、当時の先生たちは「大丈夫か」と家にきてくるぐらい心配してしているようでした。

けどぼくの中で徐々に「行かなくてもいいんじゃないか?」と合理的な考えがでてきたんですよね。

 

「行きたくない」から「行かなくてもいいんじゃないか」に考えが変わってきた

はじめの頃は、いじられることが嫌で嫌で、いくことを考えると吐きそうなほどでした。豆腐メンタルというやつです。

途中からは、親も先生も友達も「行くべき」と促してくるようになりましたが、冷静に周りをみてみると別にいいんじゃないか、と思うようになっていました。

なぜ、学校へいく必要があるのだろう?

そういう疑問が頭によぎって、考えてみるとあまり必要ないなと気付きました。

学校を学ぶ場所と捉えるなら、自分で学ぶことはできるし、むしろ学校は非効率と感じていましたからね…。

人間関係を築く場所といわれても、外に遊びにいって、鬼ごっこをしている程度だしな、と思っていました。

もちろん、義務教育という法律がある以上、それなりの通う意義はあると思うのですが、当時の自分にはあまり必要性を感じられませんでした。

学校に行かなくても、自分で勉強はできるし、好きなことをとことん追求できるし、『自分には』いらないのかなと。

親も「絶対いきなさい」という方針ではなかったのが大きな影響かもしれません。

 

学校という学ぶを用意されているのは素晴らしいとおもいますが、必要なひとと必要じゃないひとがいると思ったんです。

こういう話をすると、「学校に行けていない子供もいるんだぞ」「贅沢をいうな」という意見があがるとおもいますが、それもまた違うと思うんですよね。

冷静に考えて、ぼくが学校に行ったとして、その学校にいけていない子達が報われるのか、というと必ずしもそうじゃないはず。

カンタンにいうと、自分は自分、他人は他人であって、無理やり関係性をつくるのも違うかなと。

 

学校に行きたいときにいって、行きたくないときはいかないという学生生活を過ごしてどうなったか

自由になった。

一言でいうとこういうことですね。

勉強でわからないところがあれば、学校にいって先生に聞く程度。

当時はスマホなどネットが普及していなかったので、先生に聞くしかなかったですが、いま小中学生に戻ったらネットを使って解決しているはず。

要は学校は選択肢の1つであり、ツールであり、必要だとは限らないという話です。

学校に行きたい子がいって、行きたくない子はいかなくていい。

そのぐらい選択肢をもたせてもいいんじゃないか、と不登校を経験したぼくは思います。

 

どんな理由であれ不登校に対して「逃げてるだけ」といってしまうから悩む学生が増える

多くの不登校の子をみてきて、自分もそうだったように、理由を伝えると「逃げてるだけ」と意見するひとがいますが、これが不登校の子を増やしている理由でもあると思います。

不登校の子には、行かなくなる『理由』があるわけで、その理由の裏にある原因を解決するまえに「逃げてる」と一言で切ってしまうと、その不登校の子はどうすればいいのでしょう?

ずる休みと思うならそう思ってもいいですが、それをわざわざ伝える必要があるのでしょうか。

悩んでいるひとのことを汲み取らずに意見をいうと、悩んでいるひとたちはそれに恐れて悩みを打ち明けることすらできなくなるのです。

解決しなくても、なぜ悩んでいるのか、聞いてあげることをしてあげてほしいんですよね。

 

アドバイスとしていっているつもりのその言葉。

実は悩む子たちへのナイフになっている可能性があります。

このことだけはわかっていてほしいです。

 

不登校はまったく不幸じゃない。不登校を悪いことと捉えることが不幸だ。

不登校の学生生活を過ごして、ぼくはまったく不幸と感じたことはありません。

好きなことをできる時間ができましたし、少なくとも今は生計を立てています。

不登校の友達の話を聞いていても、みんな口をそろえて「楽しい」といっています。

けど、少なくとも不登校で不幸だと感じている学生もいるとおもうのですが、そう感じてしまう理由は明確なんですよね。

それは、「周りからの圧力」

親、友達、先生、身近なひとたちが「学校にきなさい」と圧をかけるあまり、不登校の子が「自分は悪いことをしているんだ」と感じてしまう。

どうしても身近の人に自分の行動を否定されてしまうと、自分は悪いことをしていると思い込んでしまうんです。

そういった環境を作ってしまうのが、一番良くないと思っています。

環境が人を作る、ともいいますし、否定されつづけると判断能力もにぶってくるはず。

「学校は行かなくて『も』いいんだ」とおもえる環境が学生にとって大事。

そういった環境を作る、という意味でも、今回の「#不登校は不幸じゃない」の流れはとてもいいな、と思っています。

この流れをみかけて「あっ、そういう考えもあるのか」と気持ちが楽になるひとも少なくもいるはずなんですよね。

 

#不登校は不幸じゃない に関わる方法

「手伝いけど、どうしたらいいの?」という質問に対して、この流れのキッカケである小幡さんがツイートをしていました。

方法は3つですね。

  • 「#不登校は不幸じゃない」のハッシュタグをつけてツイート
  • 動画リレーに参加する
  • クラウドファンディングで支援する

カンタンにできるところからだと、ツイートと動画リレーですね。

動画リレーは誰からも回ってきてなくても投稿していいとおもいます。

伝えたいことがあるなら誰でも投稿しちゃいましょう。

にこふみさんはぼくの動画をみて勇気をだして投稿したようです。行動のきっかけになれて嬉しい…。

 

ぜひ、この記事をみたあなたも投稿してみませんか。

どこか1人にでも届いたら十分じゃないですか。

 

この機会にぜひ。

 

#不登校は不幸じゃない の動画リレーに参加している方々

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