『努力』とはなにかと考えると『思い出』と定義できる

どうも、MacBookおじさんの波でフォロワーが増え、大変うれしく思うリクです。


ブログ界隈に、ぼくと同じ18歳で、並外れた活動をしている二人がいます。

ふうや(@fwww0707)君と、おのたく(@Derra_86)君。

 

この二人は、これまでの活動や優秀なポテンシャルを見られた結果。

MacBookおじさんから、見事選ばれ、MacBook Proをもらいました。

 

そんな二人が「努力」についての記事を書いていたので、ぼく自身の意見と、2人の記事への意見を書きますね。

  • おのたく君
  • ふうや君

それぞれの記事に対してコメントします。

お断り

いろいろコメントしていますが、2人のことは尊敬しています。

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おのたく(@Derra_86)君の努力価値観

「努力」という意味の前提

目標の実現のため、心身を労してつとめること。ほねをおること。

引用元:努力 意味 – Google 検索

ほねをおる→苦労する

 

努力観には2種類ある

  • 努力型
  • 天才型

おのたく君自身は「努力型」、対するふうや君は「天才型」といっています。

ぼくは

  • 努力型は「苦労しつつも、なんとか続けられる人」
  • 天才型は「一切苦労せず継続できる人」

と解釈しました。

 

この努力観について書いたあと、おのたく君はこう続けています。

 

何かを極めるには「努力」は欠かせない

途中からとか、初めからとか関係なく、極めるには「努力」が必須ということですね。

そして、おのたく君は「努力することが好き」と書いています。

このことに関してぼくは

riku
努力するのが好きなのではなく、好きだから努力できているのでは?

「努力」ということが好きなのはとてもわかる。やっているときは楽しいし。

けど、好きじゃなかったら続けるという意味合いでの努力はできない。

 

ふうや(@fwww0707)君の努力価値観

前述のとおり、ふうや君は「天才型」に分類されているためか、このようにいっています。

僕はこれまでやってきたプログラミングやアフィリエイトなどを努力だとは一切感じておりません。
引用元:努力したり行動したりということ – ITWeber

自分が取り組んでいることを純粋に楽しんでいるんですよね。

 

2人の記事から、自分の「努力」へ対する意見

おのたく君が書いていた

  • 努力型→苦労あり
  • 天才型→苦労なし

 

riku
ぼくは間違いなく「天才型

 

大学受験の勉強の毎日は、楽しくて仕方なかったし、大変だなんて感じたことはなかったです。

 

このブログを開設するときも、記事を作ることや、複雑な設定などに対する苦労は一切ありませんでした。

 

逆にいえば、好きなことはとことんやって、嫌なことはやらない。

だから、努力したと感じないんですよね。

 

「努力」はただの「思い出」だ

物事に取り組んでいるときは、努力している感覚は一切ない。

なら、どのタイミングで

riku
努力したな〜

と思うのか。

 

思い出したとき」なんですよね。

 

努力したという実感≒思い出

自分のいいように思い出して、過去を美化している。

 

夢中になっている状態を、客観的に「努力」と呼ぶ

本人は努力している感覚はない。楽しんでいて夢中になっているからね。

 

物事を真剣に取り組んでいる人を、見たとき

「頑張っているな〜」

行動が評価されたときに「努力している」といえる。

 

受験生のとき、父から「よう勉強してんなー」と褒められて初めて

riku
あ、いま頑張れてるんだな〜

と実感を持ちました。

 

夢中になることで結果は後からついてくる

「夢中」という魔法にかかり続け、好きなことを楽しむと結果は後からついてくる。

とりあえずやってみて、好きなことだったら続ける

 

ブログもなんだかんだ楽しくて続けています。

月に12000回も読まれているのだから驚きですよね。

 

気付いたときには結果がでている

そんな状態になれたら、ベストなのではないかって話でした。

 

おわりっ!!!!

riku
ふうや君と、おのたく君に勢いで「書くね!」って言ったから内容薄い…
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